2021年4月、厚生労働省は新たな履歴書の様式例を発表しました。性別欄の「男・女」いずれかを○で囲う選択式から、任意記載へと変更したものです。従来の様式例から、通勤時間、扶養家族数、配偶者、配偶者の扶養義務といった項目も削除されています。
大手文具メーカーのコクヨは、これに先立つ2020年、すでに性別欄のない履歴書を発売していました。採用試験のエントリーシートから性別欄をなくしたり、フルネームの記載や顔写真を不要とする企業も、大手を中心に増えています。性別や国籍、容姿などによる採用差別をしないという姿勢を明確に示すため、そして、LGBTQといった性的マイノリティーに配慮したためです。
そもそも、ごく一部の例外を除いて、性別を採用の判断に用いることは男女雇用機会均等法で禁止されています。履歴書やエントリーシートから性別欄をなくす取り組みによって、ようやく本来の形になりつつあると言えるでしょう。
こうした動きは、国籍や人種、年齢、性別、宗教、障害などの多様性(ダイバーシティ)を認め、尊重・受容する取り組み(インクルージョン)として近年注目を集めています。その理由の一つとして、多様な価値観や個性を持つ人材の活用こそが、企業のイノベーションや競争力向上のカギだと理解されるようになったことが挙げられます。
これまでのような同質性を強みとする組織では、多様化した価値観やグローバル化に対応できないという危機感を多くの企業経営者が抱いています。労働人口が減少し、日本市場が縮小していくからこそ、多様な人材、多様な市場に目を向ける必要があるという認識が高まっているのです。
とはいえ目下のところ、日本におけるダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)の取り組みは諸外国に大きく後れを取っているのが現状です。世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数」のランキング(2022年)では、146ヵ国中116位に甘んじています。特に政治・経済の分野で女性の参画が進んでいない点が目立ちます。内閣府発行の『男女共同参画白書 令和4年版』によれば、就業者に占める女性管理職の割合は13.2%で、米国(41.1%)、シンガポール(38.9%)、ドイツ(29.4%)等と比べて低い水準にとどまっています。就業者における女性の割合は44.7%であり、諸外国と大差はありませんが、管理職が著しく少ないのです。
一方、障害者の雇用については、2018年の障害者雇用促進法改正以降、法定雇用率が段階的に引き上げられてきました。2022年6月時点の雇用障害者数は約61.4万人と過去最高を更新しています[*1]。この他、高齢者の就業率は2021年には25.1%に達し、欧米諸国に比べて高い水準を維持しています。外国人の雇用についても、コロナ禍の影響による停滞はあるものの、近年増加傾向にあります。多くの業界が人手不足という課題を抱える中、必要に迫られる形で多様な人材の採用が進められています。
これから社会の主役となっていくZ世代(1997年〜2012年生まれ)の採用においても、企業のD&I推進の取り組みは大きな影響を及ぼすと考えられます。SNSなどを通じて多様な価値観に触れているZ世代は、D&Iに強い関心を抱いているからです。
認定NPO法人ReBitがZ世代を対象に行った調査[*2]によると、97.1%が「職場においてD&Iが推進されていることは、職業を選択する際や、働き続ける上で重要な要素である」と回答しています。D&Iへの取り組みが、会社の価値を判断する重要なバロメーターとなっているのです。
一方、「D&Iに積極的に取り組む企業を10社以下しか知らない」という回答は89.1%に達しました。38.5%が「探したいと思っているが、探し方が分からない」と回答しており、D&Iを重視して会社を選びたいにもかかわらず、積極的に取り組んでいる企業に出合えていない現状が伺えます。
日本経済団体連合会(経団連)は「2030年までに役員に占める女性比率を30%以上にすることを目指す」との目標を掲げ、「D&Iを経営戦略の重要な柱と位置付けること」等の働き掛けを行っています。実際に日本を代表する大手企業の多くが何らかのD&I推進に取り組んでいますが、D&Iに強い関心を持つ世代に十分伝わっていないとしたら残念なことです。
これからの時代に優秀な人材を採用し、成長しようとする企業にとっても、社会で活躍する人々にとっても、D&Iは重要な関心事となっています。今後、D&I推進に取り組む企業が増えれば増えるほど、単なる「流行りもの」として扱ったり、形式的な「数字合わせ」を行うのではなく、本気でコミットする姿勢が問われることになるはずです。企業にとっては、D&Iを積極的に推進する姿勢はもちろん、その背景にある想いや取り組みを分かりやすく発信していくコミュニケーションもまた欠かせないものになるでしょう。
[*1] 出典:厚生労働省:令和4年 障害者雇用状況の集計結果(2022年12月)
[*2] 出典:認定NPO法人ReBit:Z世代のダイバーシティ&インクルージョンと就職・就労 速報(2020年10月)