GETTY IMAGES
GETTY IMAGES

近年、「ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)」という言葉をよく耳にするようになりました。企業活動におけるD&Iとは、主に多様な人材を活用して企業の競争力をアップさせることを指しますが、注目されるに至った背景はいくつかあると言われています。まずはマーケット自体のグローバル化や価値観の多様化が進み、従来の発想では捉えきれない顧客ニーズに応えるための商品やサービスの開発が不可欠となってきていること。そして労働人口が減少しつつあり、コロナ禍という大きな社会的変動を経験した今、多様化する人々の雇用意識やライフスタイルに柔軟に対応することは、優秀な人材を確保し、そのモチベーションを向上させ能力を最大限に発揮させるために必要不可欠と考えられるようになってきたことも一因です。

企業にとってイノベーションや生産性の向上には、D&Iは現在最も重要視される課題の1つとなっています。決まった仕事を続ける分には同質化は強みになることもありますが、新しいビジネスや商品を生み出したり業務の効率化を進める上では、異なる視点や経験を持つ人々の意見こそがカギになるからです。

同様に、働く側にとってもD&Iは重要性を増しています。PwC社の行ったある調査*によると、現在労働市場の主流を占めるようになったミレニアル世代(1980年~1995年の間に生まれた世代)では、就職先を選定する際に、企業の「多様性や受容性の方針」を重要視していると答えた割合は女性で86%、男性でも74%を占め、極めて高い数字が出ています。また、同社がD&I戦略を持つ企業のCEOを対象に行った他の調査**では、「人材のD&I戦略を推進することで得られた恩恵があるか」との質問に対し、「優秀な人材の惹き付け」が90%、「業績の向上」が85%、「自社ブランドと評判の強化」が83%と、経営側でもD&I戦略が大きな効果を生んでいると考えていることが分かります。

さらにリスク管理の面でも、D&Iの推進は有効です。企業がしばしば不適切なマーケティング内容や発言により、いわゆる「炎上」と言われる事態を引き起こすことがありますが、原因の一つに「同質性のリスク」があると指摘されています。組織の意思決定層が年齢や性別など、似たようなバックグラウンドの人たちで構成されてしまうと、そのグループは自分たちの従来の認識と矛盾する情報を受け入れず、グループの外の視点に鈍感になってしまうのです。このように、これからの時代の働く人々にとって、そして企業が生き残り成長していくために、D&I戦略はますます不可欠になっていくことでしょう。

*出典:PwC ミレニアム世代の女性:新たな時代の人材(2015年9月)
https://www.pwc.com/jp/ja/japan-knowledge/archive/assets/pdf/diversity-female-millennial1509.pdf
**出典:PwC 第18回世界CEO意識調査:境界なき市場競争への挑戦(2015年3月)
https://www.pwc.com/jp/ja/japan-knowledge/archive/assets/pdf/pwc-18th-annual-global-ceo-survey2015-ja.pdf

<ダイバーシティとは>

日本語で「多様性」という意味です。世の中にはもともと、人種や国籍、年齢、性別、障害、宗教など、様々な面で特性や価値観・経験が異なる人々が共存しています。企業活動においては、そのような多様な属性の人材が組織に存在している状態のことを言います。

<インクルージョンとは>

ダイバーシティという言葉と同時に使われることが多いインクルージョンは「受容」「包摂」という意味です。ただ多様な人材がいることに留まらず、一人一人の異なる多様なバックグラウンドを尊重し、受け入れ、認め合ったうえで活用し、組織として一体となることを推進する考え方です。


日本で加速するD&I

GETTY IMAGES
GETTY IMAGES

D&Iの考えが最初に進み始めたのはアメリカと言われていますが、日本でも2000年代から関心が高くなりました。最近ではよりその重要性が認識されつつあり、国の機関や企業団体も積極的に企業のD&I推進を後押ししています。

経済産業省では2018年6月に、「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン改訂版」*を策定しました。中長期的に企業価値を生み出し続けるダイバーシティ経営の在り方について検討を行い、企業が取るべきアクションをまとめたこのガイドラインでは、「もはやダイバーシティは本当に必要なのかという議論に時間を費やすのではなく、一刻も早く具体的な行動を起こし、実践フェーズへと移行すべきである」と、強い問題意識が示されました。このガイドラインでは、ダイバーシティ実現のための4つの重要ポイントと、「実践のための7つのアクション」などが示されています。また、既に企業の現場でもD&Iの動きは加速しています。2020年に経団連が全企業会員を対象として行ったアンケート**では、回答のあった企業のうち97%がポストコロナ時代の新しい事業環境に対応する上でD&I推進が「重要」と認識していました。また、同じアンケート内で、「D&I推進が実際にもたらした経営効果」として各企業が様々な側面での事例を報告しています。

■ 企業価値を実現するダイバーシティ 2.0 とは(定義)

「ダイバーシティ 2.0」とは、「多様な属性の違いを活かし、個々の人材の能力を最大限引き出すことにより、付加価値を生み出し続ける企業を目指して、全社的かつ継続的に進めていく経営上の取組」である。

■ 取組のポイント

ポイント1: 中長期的・継続的な実施と、経営陣によるコミットメント
ポイント2: 組織経営上の様々な取組と連動した「全社的」な実行と「体制」の整備
ポイント3: 企業の経営改革を促す外部ステークホルダーとの関わり(対話・開示等)
ポイント4: 女性活躍の推進とともに、国籍・年齢・キャリア等の様々な多様性の確保

■ 実践のための7つのアクション

① 経営戦略への組み込み
• 経営トップが、ダイバーシティが経営戦略に不可欠であること(ダイバーシティ・ポリシー)を明確にし、KPI・ロードマップを策定するとともに、自らの責任で取組をリードする。

② 推進体制の構築
• ダイバーシティの取組を全社的・継続的に進めるために、推進体制を構築し、経営トップが実行に責任を持つ。

③ ガバナンスの改革
• 構成員のジェンダーや国際性の面を含む多様性の確保により取締役会の監督機能を高め、取締役会がダイバーシティ経営の取組を適切に監督する。

④ 全社的な環境・ルールの整備
• 属性に関わらず活躍できる人事制度の見直し、働き方改革を実行する。

⑤ 管理職の行動・意識改革
• 従業員の多様性を活かせるマネージャーを育成する。

⑥ 従業員の行動・意識改革
• 多様なキャリアパスを構築し、従業員一人ひとりが自律的に行動できるよう、キャリアオーナーシップを育成する。

⑦ 労働市場・資本市場への情報開示と対話
• 一貫した人材戦略を策定・実行し、その内容・成果を効果的に労働市場に発信する。
• 投資家に対して企業価値向上に繋がるダイバーシティの方針・取組を適切な媒体を通じ積極的に発信し、対話を行う。

*出典:経済産業省「ダイバーシティ 2.0 行動ガイドライン」(2017年3月策定、2018年6月改訂)

■ D&I推進が実際にもたらした経営効果

GETTY IMAGES
GETTY IMAGES

• 業務改善活動において女性社員で構成されたチームから、女性の家事を減らすという発想から、家族で家事をシェアする発想に転換し、住まい方提案「家事シェアハウス」が商品化され、商品を通じて男性の主体的な家事・育児等を促進。(土木・建築)

• 聴覚障がい者向け情報保障手段として使用していたAI技術が発展し、会社の正式ビジネスソリューションへ。会議の文字起こし技術として、お客様企業などに幅広く使われるようになった。(情報通信)

• D&I先進企業という外部からの評価により、優秀な学生(特に理系)の採用や優秀なキャリア採用に繋がっている。D&Iの推進や女性活躍の取り組みについて、投資家から高く評価された。(化学・医薬品・食品)

• 現業系女性社員の増加を受け、男性目線(体格・体力)で設定されていた工場の作業環境を見直し、女性の体格や体力を考慮して作業環境での評価基準(押す引く力、作業高さ、手持ち重量、作業姿勢等)を改善。その結果、女性だけでなく男性の作業時間も低減し、“誰もが”より快適に働ける環境が実現。(自動車・輸送機械)

• 新卒採用・中途採用ともに、国籍に関係なく採用を行うことで、特にデジタル人材の採用が加速。その結果、AIやRPAなどによる業務効率化が進んだ。(金融)

• 元々は育児や介護等、制約のある社員も成果を出せるための柔軟な働き方の選択肢として限定的に在宅勤務制度を導入。その後全社員に対象拡大。これにより、コロナ禍でも、大きな混乱を来すことなく、事業継続が可能となった。(鉄鋼・金属)

• ダイバーシティ&インクルージョンを含むサステナビリティ経営(SDGs/ESGなど)がESG評価機関から評価され、資金調達へ好影響を及ぼしている。(自動車・輸送機械)

**出典:日本経済団体連合会「〔ポストコロナ時代を見据えたダイバーシティ&インクルージョン推進〕に関するアンケート結果」(2020年10月) より一部抜粋。
調査対象:経団連企業会員1,444社、回答社数:273社(回答率 18.9%)
https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/102.pdf